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ヨセまで行きたい気持ち

Posted by Nanoka on 30.2014 囲碁サイコー 0 comments 0 trackback
最近。
囲碁のことを考える時間が少しだけ増えました。
まあ・・・ゼロだったものが2になった程度だけど。

まだまだ一局打ち切るのがしんどいのですが
それでもたま~にコソッと打ったりもします。
一局のうちに何度も自分なりの判断をする場面があって
形勢判断なんていう上等なことはできないのですが
「そもそもこの石は生きてるの?」というレベルで
手入れが必要かどうか分からんくなります。
結構一生懸命に勉強したつもりだった基本死活の形も
見事なまでに「失敗例」の見本みたいのを打ったりね。
いあいあ、それだと五目中手になりますやん。みたいな?
まさに、勉強した「つもり」だっただけだと改めて認識。

もぉぉぉぉぉ!誰やねん!
囲碁なんてものを考え出したのはっ!
ホントむずいっす。
それが楽しいんだけどね。

もともと布石は好きです。
右脳派の私は、答えがある死活とかヨセが苦手。
そして非力なので戦いも苦手。
まあ、布石も得意なわけではありませんが
とりあえず好きってだけのお話。

ところがこのところ。不思議なことに。
ちょっとだけヨセが楽しいかも?と思ったりします。
念のため申し上げておきますが
ヨセが得意になってきたということではありません。
ぶっちゃけある程度になれば誰もが知っている
「この手は出入り何目」というのも分かっとりません。
しかも、形勢が良くなさそうとかヤバイって時ほど
フツーの大きな手が打てなくて
後で見たらちっちゃいとこばっかり上手に選んで打ってます。
意味わからん。

要するに。ヨセなんかちっとも分かってない。
まあ、囲碁そのものを分かってないとも言いますが。
にも関わらず。
出来ることならヨセまで打ちたいな~と思うわけです。
で、一局の中で一手だけでも逆ヨセが打てたり
最大級らしき手が打てたりするとやたら嬉しい。
なんだろうね?これ。

最初の頃は地を囲うしかできない囲碁でした。
だから、全部受ける。そして最後は足りない。
これじゃダメだと思い、やっと詰碁や手筋を
ほんの少し勉強するようになって
「戦う」ということを覚えました。
だけどそもそも非力だからさ。
威勢はいいけどつぶれるんだよね。
勝つのも負けるのも中押しの碁が多くなりました。
その頃は「ヨセ?何それ。オイシイの?」みたいな。


それがまた少し。変わってきてるのかな。


よく色々なアドバイスをくださる高段者の方に
「息の長い碁」という言葉を教えて頂きました。
少々悪くても我慢して踏ん張ること。チャンスを待つこと。
さっきまで良かったのに。とか
大石取られちゃった。とかはすべて過去のこと。
今、目の前の盤面に集中して、そこからまた
手を探したり考える努力をするのが大事なんだ。と。
言われてみれば当たり前。だけどちっとも分かってなかった。

だからかな。ヨセまで行きたいと思うのは。
ちょっと遅すぎる気もしますが
少~しずつヨセのお勉強もやってみるかな。

もちろん。
我慢するだけじゃなくて反発もしたいし
お相手が調子に乗ってきたときには
「ん?ところでオタクは大丈夫?」的なカウンターを
バシッと入れられるパンチ力も欲しいですけどね!


囲碁ってホント、難しい。でも楽しいね。



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