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なつかしい想い

Posted by Nanoka on 19.2015 Nanokaあれこれ 0 comments 0 trackback
また1年ぶりになってしまいました。
去年一時期、結構やる気出てきたモードで「イケル!」と思ってたのですが
まぁ・・・そう簡単にはいかないね。
相変わらず玄関を出ることがほとんどできず、
相変わらずネットスーパーでお買いものしつつ、
相変わらず・・・なんとか生きてる感じです。

電話に出られない日もあります。
ひどい時はジャックを抜いています。
マンション階下の郵便受けすらのぞけないことも多いです。
不在通知を見て、再送の手続きをしても
またその時にインターホンに応答できなかったりね。

そんな状況の中で。
GW前に裁判所からお手紙が来ました。
「支払督促」なるものです。

え?なに?
なんか踏み倒してたっけ?
全く憶えがない。
カードの引き落としはちゃんと毎月滞りなくしてるし
お買い物をして払ってないものもないはずだし。
う~ん。

恐々封を開けて読んでみると。
亡父の会社の年金基金からのものでした。
父が亡くなったことを連絡していなかったために
亡くなった後も誤って一度年金を振り込んでしまった。
なのでその分を返還してください。というもの。
あぁ。そういえば何度かお手紙もらってたような。
ひょっとして、年金詐欺とか思われちゃった?まっずいなぁ。

父が亡くなった当時もウツがひどくて
実家に行くだけで倒れそうでしたが
なんとかお葬式を出して
だけど、その日をクリアするのが精一杯で
実は、納骨もその日に済ませたような次第で。
その時に、父のお財布とか印鑑とか・・・現金に関わるものだけは
目につくだけ探して持って帰ったつもりです。
手提げ金庫とかね。持って帰って開けてみたら何も入ってなかったけど。
でも、なぜか通帳とかカードの部類がほとんどなくて。
どこに口座を持っているのかも分からない状態でした。

で、その後は実家にもどることもなく、そのまま放置。
否、一度だけ重要書類とかお金にかかわるものを探しにいったかな。
でも見つけられなかったのでそのまんま。

支払督促をみながら、どうしたものか途方に暮れていました。
「異議申立書」なんてのも同封されてたけど
別に異議があるワケではなくて・・・。払うもんは払いますけど。
ただ、父の口座がわからんし。本当に振り込まれてるかもわからんし。
一体どうすれば?裁判所に電話する?

ふと見ると、その企業年金基金の連絡先が書いてあったので
思い切って連絡してみました。
きっと詐欺だと思われてるから、きついこと言われるんだろうなぁ。
今の私に、それを耐えるだけのメンタリティーがあるかしら。
なんてことは、ただの思い過ごしで。
対応はとても親切でした。
私がこの何年かの状況・事情をお伝えすると。

ああ。そうでしたか。
連絡のとりようがなかったものですから
このような方法になってしまい、驚かせて不安にさせてしまいました。
本当に申し訳ありません。
実は、勝手ながら当方から銀行へ連絡させていただきましたところ
現在お父様の口座は凍結されているようです。
残高などは当然教えて頂けませんでしたが
相続のお手続きに関して色々聞いておきましたので。
そう言って、銀行の口座や連絡先を教えてくださいました。

こちらがご迷惑をかけているにも関わらず
ご親切にありがとうございます。
早速しかるべき処理をして、返金手配致しますので少々お時間ください。
っということで、お話は終わりました。

が、そこで。
「あの・・・お父様は安宅産業のご出身なんですよね。実は私もなんです。
 安宅産業最後の新入社員でした」
「!!!」

そう。
今ではもう忘れられたかもしれないけど。
いや、知ってる人すら少なくなったかもしれないけど。
父はあの、昭和の大倒産と言われた安宅産業に勤めていました。
伊藤忠商事に吸収合併され、その時になんとか同社に
拾ってもらったのでしょう。
当時の私はまだ子供で、なにもわからなかったけど
そのまま伊藤忠へ行くか、他の会社に移るか
両親が話し合っていた記憶がうっすらあります。
吸収合併した会社にいけば冷遇されるのでは?
とかなんとか言ってたっけ。
私が「冷遇」などという言葉を知ったのは
その時が初めてでした。

そうでしたか。新入社員でいきなり倒産とか大変でしたね。
不安だったでしょう?
うちの父も、冷遇されるんじゃないかと心配していたようです。

「あぁ、でしょうね?でもそんなことなかったです。
 伊藤忠には学閥のようなものもありませんし、いい会社でしたよ」

それを聞いて少し安心しました。
よくは分からないけど、父はもともと繊維畑の人でした。
テキスタイル見本の分厚いファイルのようなものを
よく触らせてもらいました。
キレイな布がたくさんつまったその見本が私は大好きでした。
まだ幼い私に、布と糸、先染めと後染め、原価と売価と利益率等々
理解できるはずもない話を延々としてくれて
難しかったけど、そんな父がカッコよくみえたものです。
海外のバイヤーの方が、家に来られることもありました。
ちっちゃな私は、そのお客様のために
片言の英語やフランス語の歌を披露したこともありました。
もちろん、父から教えてもらったものです。
そして、褒めてもらってとても嬉しかった。

それが、あの倒産の後は
父は仕事の話は一切しなくなりました。
もちろん、前と変わらずに海外出張をしたり
時には危険な地域への駐在もあったりしたので
それなりに頑張ってるんだろうとは思ってたけど
畑違いの仕事なんだろうな。なんてことを思ってたのです。
あの時に覚えた「冷遇」という言葉が何度もよぎって
ツラいのかな?大丈夫なのかな?
子供心に心配したものです。

なので。その方の言葉を聞いて
本当によかったと思いました。
もちろん父なりに色々苦労もあっただろうし
今さらどうこうってことはないんだけど。

こんな話をしているうちに、とても懐かしく
色んなことを思い出して。あったかくなりました。
そういえば「ザ・商社」ってドラマを家族で観たなぁ。
「空の城」も読んだっけ。

なんかめんどくさいなぁ。と思った一通の督促状から
こんなに懐かしく、あったかい気持ちになれることもあるんだね。
手続きとかはまだまだ色々面倒だけど
この方とお話できたこと、本当に感謝。

父とはずっと、色んな確執もあったり、
気持ちが通じなかったり
ウツになってからはほとんど音信不通で
親不孝の限りを尽くした私ではありますが
大切な思い出をほんの少し取り戻せたことが嬉しくて。
そして、あの頃には全く分からなかった父の苦労やツラさも
今ならもう少し理解できるのかも知れないと思いつつ。

松本清張著「空の城」をもう一度手に取ってみた私です。


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